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2006年9月

2006年9月27日 (水)

秋の夜長は…

バッハのオルガン曲を聴きながら原稿書き。一時期オルガンを習っていたことがあるので聴いているとパイプオルガンを弾いた時のあの開放感を思い出して心が安らぎます。

小さい頃からバッハが大好きで、なぜか日本人に人気のモーツァルトやショパンにはほとんど興味を示さず、ひらすらバッハを中心としたバロック音楽ばかり聴いていました。歌謡曲を意識して聴くようになったのはピンクレディー以外では小学校高学年になってから。

当時はピアノも習っていたのですが、どうもモチベーションが上がらなかったのはバッハ以外はあまり弾きたくなかったから、というのもあったようです。

中学生になった頃通っていた教会のオルガニストの方からオルガンを習う機会に恵まれ、やってみたらこれが面白い!音色も好きだったし、大好きなバッハの曲をたくさん弾けたので楽しくて仕方ありませんでした。

たまにその先生に連れられてパイプオルガンを弾きに出かけていましたが、建物と一体化した音に包まれたあの感覚は他の楽器ではなかなか味わえないものでした。とにかく弾いていて気分がいい。時を忘れて楽器を演奏する、というのはこういうことなのか、と思いました。足鍵盤はとても難しくてなかなかできなかったのですが、できると重厚な低音も加わって素晴らしいハーモニーが生じて、またこれが気持ちよかったのでした。

その後高校に進学して学校生活が忙しくなって次第にオルガンからは遠のいてしまいましたが、オルガン曲を聴くとあの感動がよみがえって来ます。

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2006年9月24日 (日)

摂食・嚥下(えんげ)訓練

言語聴覚士(ST)の仕事紹介の2回目は一見「それってなんでSTの仕事なの?」と思われる摂食・嚥下訓練についてです。実際私も言語聴覚士の専門学校に入ってカリキュラムを見るとかなりの時間割かれているので驚いた記憶があります。

そもそも大抵の人は「嚥下(えんげ)」という字を見て読めない人も多いと思います。嚥下(英語ではswallowingと言います)というのは飲食物や唾液といった口腔内にある物質を飲み込む反射運動のことを指します。つまり摂食・嚥下訓練というのは食べ物を口の中に入れる→咀嚼する→舌などを使って食物を1つの塊にする(専門用語では食塊という)→軟口蓋から咽頭へ送り込む→反射を使って食道へ送り込むという一連の動きを訓練することなのです。

アメリカでは言語訓練をする人と嚥下専門の訓練をする人に別れているケースもあるそうですが、日本では食べるところとしゃべるところは同じ、ということで言語聴覚士が訓練を受け持つことが多いのです(実際共通した訓練を行うことも多い)。場合によっては医師、看護師、歯科医、栄養士、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)といった隣接する職域の人と組んでやることもあります。

医療の世界では嚥下障害が注目されてきています。それはQOL(Quolity of Life:生活の質)を高めるためにも口から食事をする、というのはとても大切なことだからです。また経口摂取は点滴などによる経管摂取よりも栄養の吸収がいいと言われています。

しかし人間は音声を操るという能力と引き換えに解剖学的には気管と食道が交差するという危険が生まれました。そのためうまく嚥下反射が働かないと気管に食物や唾液が入り込み、最悪の場合窒息したり肺炎を生じて命を落とすことになります。たまに家族から「どうして本人が食べたがっているのに食べさせないんですか?」というクレームが来ることがありますが、背景にこのような事情があるからです。人間にとって食事を摂る、というのは一歩間違えれば命に関る危険なことであり、本当に絶妙な自然の摂理の中で成り立っている動作なのです。

訓練の内容ですが、成人の場合と小児の場合とで異なってくることも多いので、今回は成人について書いてみます(小児の訓練についてはまた別の機会に書きたいと思います)。

成人の場合、大抵は食事を摂れていた人が脳血管障害のために麻痺が生じた、ガンなどで顎や舌などを切除した、といった理由でスムーズに食事が摂れなくなってしまったケースがほとんどです。そのため摂食や運動の再学習が主な内容になります。

訓練を始める前に本来はVF(レントゲンによる嚥下動作のビデオ撮影)の検査をすることが望ましいのですが、施設によってはすぐにできないことも多いため、ドクターの依頼があった時にできるだけ一緒に回診して嚥下反射の有無を確認してから始めていました。

訓練としては実際の食事を用いた直接訓練と、摂食・嚥下の運動を司る器官の運動機能を高めることを目的とした間接訓練に分かれます。食事に関しては食事の形態や量を検討し、栄養が足りない分をどう補っていくか医師や栄養士と相談していきます。入院しているケースでは病棟に入って実際に食事をしている様子を観察し、食事の姿勢、食器、食形態、一口量、食事環境、時間といった要素をチェックします。チェックしたことを看護師や家族と情報交換することも大切です(これがなかなか難しいことなのですが…)。

間接訓練ではマッサージも兼ねて大き目の綿棒などを使いながら口腔機能をチェックすることから始めます。大抵の場合歯磨きをしても食物が口腔内に残っていることが多く、それを確認することで色々な情報を得ることができるからです。次に顎、口唇、舌、歯、硬口蓋、軟口蓋、咽頭、喉頭を動かしてもらい、運動能力を確認します。

訓練ではアイスマッサージ(氷を用いて麻痺している場所を刺激して反射を促す)や口腔のマッサージを行った後、構音訓練で行っているような口腔を意識的に動かすエクササイズを行います。

本人のモチベーションや症状の状態によっても異なりますが、ゼリーといった嚥下しやすい食事であっても「口から食べられた」という喜びは本当に見ていて大きいものだと思います。最初は「こんなことをして何になるんだ?」といった態度を取られることもあるのですが、次第に成果が出てくると「好物を食べられるようになりたい」と意欲的になってきます。

言語聴覚士が嚥下訓練を行うには医師の処方が必要になります。もしも嚥下訓練を行いたい、と思った場合は病院で「嚥下訓練をしたい」という希望を医師に伝え、処方を出してもらうかリハビリに力を入れている病院へ紹介状を書いてもらってください。

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2006年9月19日 (火)

コミュニケーションギャップ

今日夫との価値観の違いを改めて痛感した。

彼は自分の興味のないもの、関係ないと判断したものは全然注意を向けない。例えば何か用事を頼んでも私がその時どうやっているのか気にかけていないことについてはどういう風にしたらいいのか全然分からず、固まってしまう。たとえ以前私が彼の前で説明しながらそれをしていてもだ。「私だったら注意して観察して覚えたのに…」ということも1つ1つ指示をしないとなので、本当に驚いてしまう。1を聞いて10を知るという諺があるけど、彼の場合は15説明してようやく10を知るかどうか…という感じ。

そういうことも関係してか、夫は自分が言ったことも私から見ればいとも簡単に忘れてしまう。「前にこう言ってたよ」と言えば思い出すが、それに基づいて行動していても肝心の彼が「そうだっけ?」といった態度を取るのでがっかりしてしまう。矛盾していることも私に指摘されるまで気づかないことも多いし、気づいたとしてもそれを応用させるまでにとても時間がかかるし同じ失敗も繰り返しやすい。「問題の根本はここなんだから、こう応用すればいいだろうに…」とつい思ってしまうのだが、彼にとってはそれは至難の業らしい。仕方ない、と思う面もあるけどそれ以前にとにかく前提としている条件が違いすぎて私は付いていけないものを感じてしまうのだ。

例えば「大丈夫」ということばの定義も彼にしたら「この家を手放さなくて、二人で生活していければいい」という意味らしいが、私としては「大丈夫!」(←本当にきっぱりと言い切る)と言ったからにはもう少し「僕に任せておけ」といった重みがあってもいいと思うが、そういうことではないらしい。私にしたら「~月に臨時収入があるから大丈夫だよ」と言われて、それが約束よりも2ヶ月ほど遅れたらちっとも「大丈夫」ではないのだが、彼は「多少(私にしたら全然多少ではないのだが)遅れてもお金が入ったから問題なし!」になってしまうのだ。

もちろん彼のそういう大らかさはいい方向に働くことも多いし、正直私も助けてもらっている。素直に悪かったことも認めて努力もしていることも分かる。でも私の中の不安や悩みに対しては共感する域までには達していない。きっとそれは難しいことだろうと思う。

昨日も夫のことばに対して疑心暗鬼になってしまい、あれこれ確認してみるが彼にしたらそういうことを問題視している私が分からないみたいだし、「何をそんなに悩んでいるの?」という態度だった。私が色々筋道を立てて事細かに説明したら理由は何となく理解したようだけど、どこまで理解したのかはかなり疑問。心の中にもやもやとした未完了の感じは残っている。

夫からしたら「君だって…」と感じることも多いと思うけど、もう少し何とかならない?とついイライラしてしまう。でもこういうことってきっと大抵の夫婦にもあることだろうから仕方ないのかな。

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2006年9月17日 (日)

ミーちゃんは名セラピスト!?

寝ているミーちゃん 夜中胃が少し痛くて眠れなかった。「困ったなぁ」と思っていたらミーちゃんがやってきた。いつものように上に乗っかってくるので、「ミーちゃん、今はお腹が痛いからあんまり乗っからないで」と思いながらなでていたらミーちゃんは膝の方へ行って前足だけ乗っけてくつろいでしまった。

私はミーちゃんの重みを感じながら「ミーちゃん、今どんな格好なんだろう」とふと思って少し首を上げてそっとミーちゃんの様子を眺めてみた。するとミーちゃんはまるで私のことを「よしよし」と手当てしているように前足だけをちょこんと乗っけて眠っていた。

今までの私だったらそんなミーちゃんを見ても「ミーちゃんは本当に甘えん坊だなぁ」程度にしか思わなかっただろう。しかしなぜか今回は「もしかしたらミーちゃんは具合が悪い私を心配してくれて、今までもずっとミーちゃんなりに何とかしようと手当てしてくれていたのかもしれない」と思い、胸の中に暖かいものを感じた。

起きたところ 振り返れば彼女が私の上に乗っかるようになったのは私が病気のために仕事を休んで自宅療養を始めた頃だった。それ以前は日中はほとんど家にいなかった私が突然毎日家にいるので最初彼女は戸惑ったようだったが、じきに慣れた。しかも仕事で忙しい夫と違って寄ると遊んでいたせいか、私に今まで以上に懐いてくれた。今では「ミーちゃん」と呼べばかなりの確率でトトトト…とやって来て擦り寄ってくるし、外出から帰ると玄関まで迎えに来てくれる。最近はその態度に夫の方が「ミーちゃんはいつもそっちばかりに行くねぇ」と羨ましがるくらいだ。

もちろんこれは私の都合のいい解釈かもしれない。しかし夫が睡眠中突然しゃっくりをした時もそれまで私の上に乗っていたのにしばらく様子を眺めてからそっと夫の方へ行って足元にうずくまっているのを見ていると、あながち間違いではない気もしている。

ミーちゃん、今まで迷惑がってばかりいてごめんね。心配してくれてどうもありがとう。これからも仲良く一緒に暮らして行こうね。

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2006年9月13日 (水)

ミーちゃんのストレス

寝ぼけているミーちゃん ここ2、3日ミーちゃんのご機嫌が斜めです。やらたとまとわりついてくるかと思えば呼んでも来ないし、突然「ニャオーン!」と大声で叫んだり、時には吐いたりという行動をしていて、今日になってようやく落ち着いてきました。

原因は分かっていて、私たち夫婦が旅行や帰省などで出かけて帰ってくると数日はこうなります。ミーちゃんにとっては私たちが1日以上留守にしていることがストレッサー(ストレスを引き起こすもの)なのです。特にいつも家にいる夫が家にいないと落ち着かなくなります。旅行中は用意した餌を食べて水もきちんと飲んでがんばって留守番していますが、帰ってくると緊張の糸が切れてしまうのか拗ねたような感じになります。

こんな時は優しく話しかけたり、寄ってきたら丁寧になでてあげたりとしばらく相手をしていると次第に落ち着いてきます。今回も心の中では「あー、またかー」と思いつつもミーちゃんも寂しかったのだから、と視点を変えて考え直して相手をしつつ様子を見ていたらずいぶんリラックスしてきました。毛づくろい中のミーちゃん

今コーチングで「ストレス・マネジメント」というクラスを受講しているのですが、ことばでのコミュニケーションが取れない猫にとってはある意味人間よりもストレスに感じることって多いのかもな、と今回のミーちゃんの行動で改めて感じてしまいました。

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2006年9月 9日 (土)

長野旅行(その2)

ペンションの朝食 翌日も薄曇りながらもさわやかな気候。やっぱり長野は東京近辺とは違って暑くても湿気が少ない感じですね。朝は7時に起きて着替えて簡単にメイクしてから朝食。8時朝食だとちょっとのんびりできて嬉しい。メニューは自家製パン、紅茶、ソーセージ、スクランブルエッグ、サラダにフルーツでした。自家製ハニーフレンチトーストもおいしくて、また満腹寸前まで食べてしまいました(危ない危ない)。

10時にドクターが迎えに来てくれる、という約束だったのでメイクや片付けをしつつ、少しのんびりしていたらフロントから「お友達が来ましたよ」と電話。慌ててチェックアウトして無事先生と1年ぶりの再会。白馬のジャンプ台を案内してもらえるとのことで早速出かけました。

白馬ジャンプ台 ちょうどこの日はサマージャンプ大会が夜から開かれる、ということで行ってみたら選手らしき人たちが練習していました。下から見上げるとかなりの高さ。上に登ることもできる、とのことで早速リフトとエレベーターを使って一番上のラージヒルのジャンプ台へ。エレベーターで選手の人と一緒に乗ったのですが(選手は途中で降りましたが)、スキー板も長いし、スキー靴も普通のスキー靴とはちょっと違っていました。ウエアーも想像していたのとは材質が違い、発泡スチロールのシートみたいな感じで心の中で「へぇ~」と思いながら様子を見ていました。

ジャンプの練習風景 ラージヒルの台から下を見るとなかなか圧巻です。上空ではパラグライダーをしている人たちもいて、それも楽しそう。長い階段を降りてノーマルヒルのジャンプ台へ行く階段を上っていると上から水がぼたぼた落ちてきます。どうやら滑りやすくするため水を撒いているようです。見学の台へ行くとジャンプしている選手を上から見ることができてラッキーでした。ジャンプしている様子を見ていると高校生くらいの若い人や女性の選手も何人かいて、テレビで見ているのとはまた違った感じで面白かったです。

しかし見ているとジャンプって飛んでいるというよりは落下している、という方が正確かも。カーブ見ているとジェットコースターの下りみたいだし。どうやって重力に逆らって遠くで落ちるかを競っているんだな、と改めて認識しました。一緒に見ていたドクターも同じことを言っていて、「そうですよね」と妙に共感してしまいました。

しばらく見てから近くにあるオリンピック記念館を見学。もう8年も経ったんですね。マスコットキャラクターとかが懐かしい。うちにこのキャラクターが描いてある「ヤマザキ春のパン祭り」の皿があるぞ、と思いつつ眺めていました。スキーの話などをしつつ外に出て「お昼どこへ行こうか」という話になり、案内してもらってあるお店へ。お昼を食べつつ色々積もる話に花が咲きました。

2時間近く話をしていたら、ドクターが病院から呼び出されたとのことでそこで分かれることに。「今度は冬においで。スキーしようよ」という話になりました。さて、1度しかスキーをしたことがない私は大丈夫なのでしょうか(スクールに行けば大丈夫だよ、と言われましたが…)!?

二葉屋の蕎麦 帰りはまた戸隠経由で帰ろうということになり、ふと気になってお気に入りの蕎麦屋「二葉屋」へ立ち寄ってみたら幸運なことに今日は開いていました。今度こそ、という気持ちでざる蕎麦を注文。やっぱりここの蕎麦はおいしい!私たち夫婦が色々な所のおいしい蕎麦屋を探すようになったきっかけになった原点のお店だけあって、本当に感激しました。限定の10割蕎麦は食べられなかったのですが、それは今度チャレンジすることにしました。

長野に着いたら善光寺に行きたい、と思い急いだのですがここでハプニング。MINIのウィンカーが点滅しなくなるという状態になってしまいました。ちょうどガソリンが切れそうだったのでガソリンスタンドに寄って相談したら市内にMINIの修理ができる店があるとのこと。早速お店の名前を助手席ナビで調べたら電話番号も出てきたので、電話をかけて問い合わせたら(こういう時携帯電話と連動しているので便利)見てくれる、ということなので手動でウィンカーを点滅させながらお店へ行きました。

幸い中古の部品があったとのことで、1時間ほどで修理完了。拝観時間が過ぎてしまったし、ミーちゃんも待っているだろうから善光寺はまたの機会に、ということでそのまま更埴インターへ行き、高速経由で帰りました。

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2006年9月 8日 (金)

長野旅行(その1)

長野旅行(その1)

我が家のMINI 8日、9日で長野まで旅行へ行ってきました。前の職場でお世話になっていたドクターが長野の病院へ異動になったので、顔を見せに行くついでに山道好きな夫のドライブ欲求を満たすのが目的です。117クーペが修理中なので今回はローバーMINIで出かけました。

前日は手土産を購入し、ガソリンを入れ、HDDプレイヤーにBGMをCDから転送し、宿の資料などを印刷したりと準備に追われていました。夫も仕事が一段落した後、地図を用意したり携帯電話の充電などをするために前日に買い物に出かけて器具を取り付けたりとあれこれ準備していました。

8日の朝はミーちゃんの餌と水を多めに用意し、ごみを捨てていざ出発。夫はドライブ好きなのでウキウキしています。一方私は久しぶりの高速道路なのでドキドキです。夫は去年携帯電話を買い換えた時に助手席ナビ機能付きの物にしたのですが、初めての場所に行くのに本当に便利になりました。融通が利かなくて困る時もありますが、大抵の場合は地図と併用すれば問題ないので助かっています。高速でもジャンクションやインターの時慌てずに対応できました。100キロ近いスピードで1時間以上走るのはかなり久しぶりでしたが、何とか運転できました。

関越道から上信越道へ出て長野インターで高速を抜け、一路戸隠へ。夫婦そろって蕎麦好きなので戸隠の蕎麦を食べるぞー!と意気込んで行きました。しかし険しい山道にMINIはややパワーが不足気味。思いっきりアクセルを踏んでものろのろと進み、時には軽自動車にも負けていました。それでも何とかお昼過ぎには戸隠へ到着。早速蕎麦屋に入りました。

お昼の蕎麦 実は戸隠は7年前にも行ったことがあり、ある人推薦の蕎麦屋が本当においしかったので今回も行こうとしたら何と8日は定休日だそうで今回は別な店に。夫は天ざる、私は天ぷらそばを注文。味は…うーん、天ぷらそばは正直失敗したなぁ。やっぱりお蕎麦は冷たい方がおいしい。胃の調子が悪いので今回は温かいものにしたけど、蕎麦の香りがしないし、蕎麦も柔らかくなってしまっている。天ぷらも私はサクサクしているものが好きなので、衣が柔らかすぎた。夫は「え~、これはこれでおいしいじゃん。僕はやわらかい天ぷらも好き」と言っているので半分近く夫に譲り、夫の天ざるの残りを食べました。天ざるは私もおいしいと思ったので満足。

戸隠神社中社 せっかくだから、と戸隠神社の中社へ寄ってお参りしてきました。神社自体は初めて行ったのですが、厳かな雰囲気でなかなかよかったです。ご神木なども本当に立派でパワーをもらってきました。ここではお守りなどを買い、この機会に奥社も行ってみようかと入り口まで行ってみたのですが、そこから2キロ近く山道を歩かないと奥社へは行けないことが判明し、時間と体力がないため今回はあきらめました。

車に戻ってさらに2時間ほどくねくねと山道を運転して4時過ぎに白馬へ到着。宿泊先のペンションも助手席ナビのお陰ですんなり見つかり、チェックインできました。待合室でお茶とクッキーのおもてなしを受けてから泊まる部屋まで案内してもらいました。とてもオシャレな感じでとてもきれい。トイレもウォッシュレットでした。着いて少し休憩してから貸切の露天風呂へ。石造りの露天風呂で洗い場は同じ材質の石で室内でした。外を眺めながらのお風呂はとても気持ちがよくてのんびりできました。

お祝いのケーキ 6時から夕食。オードブル3品+パスタ+魚料理+肉料理+デザートというボリュームあるコース。肉嫌いの夫は魚料理を2品にしてもらい、「ヤッター!僕だけ特別料理だぞー」と喜んでいました。

デザートは私の誕生日+結婚記念を書いてもらったケーキでした(これは予約時に注文すると作ってもらえます)。おいしいのですが、もうお腹いっぱい…。食後は部屋でゴロゴロして夫が好きな「ルパン3世」のテレビを見ていました。

このままで寝るとちょっとお腹が苦しいので、少しでも消化しておこうと寝る前にもう一度露天風呂に入って休みました。

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2006年9月 3日 (日)

やってしまった…

買い物ついでに外食しようということになり、夫が「久しぶりに117運転したら?」と提案。たまにはいいか、と軽い気持ちで運転席へ。

マニュアル車自体久しぶりだから、エンジンスタートさせて発信させた瞬間ガレージ付近の電柱に「ゴリゴリッ」とやってしまった…。夫が慌てて車から降りて確認したところ、「あー!」と悲鳴。降りてみると右側の後部にへこみ+塗装がはげている…。あーあ。

MINIに乗り換えて用事を済ませた後、夫が板金屋へ持っていって見積もりを取ってもらったら87,000円という請求!今週末旅行へ行こうと思っているところへ痛~い出費です…(涙。

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2006年9月 2日 (土)

誕生日&入籍5周年

本当は4日が誕生日&入籍日なのですが、平日なので今日に前倒ししました。もう5年なんだ…。色々あったけど、あっという間のような気もしています。

せっかくなので和服に着替えて夫が予約してくれたお気に入りのレストラン「アルピーノ」へお出かけしてきました。ここは地元でも有名なフレンチレストランで事前に予約しておかないと入れないお店です。とてもおいしくてサービスも最高なのですが、ちょっと料金がお高めなので我が家も誕生日といった特別な日だけこちらを利用しています。他にもイタリアンやステーキのお店があり、こちらは比較的リーズナブルです(でもこちらも当日飛込みでは入店できない人気店です)。

9月は本来なら単衣(ひとえ)の時期なのですが、さすがに残暑も厳しいので竪絽(たてろ)という着物にしました。夏は着物を着るのは暑くて…という人も多いそうですが、私は寒がりなのでむしろ着物の方が冷房対策になっていい感じです。

お店のロビーへ行くと着物談義で盛り上がるオーナー夫人は結婚式の打ち合わせをしていたので、目だけで挨拶して店内へ。相変わらず大勢のお客さんで席が埋まっています。会食らしきグループや私たちと同じように誕生日祝いらしきカップルなど、客層は様々。少し年齢は高めな印象です。

予約時にコースを伝えてあったのでメインディッシュと飲み物だけオーダーしてあとはお任せし、おいしい料理を堪能しました。デザートの時にはスタッフからオルゴールと歌でお祝いしてもらいました。

帰りにロビーに寄ったらオーナー夫人からご挨拶。「まあ!今日の着物もいいわね!夏に着ようという心意気が素敵!」とお褒めのことばをいただきました。和服だと印象が強いせいか、覚えてもらうのも早いみたいです。夫の車についてもマネージャーからあれこれ話しかけてもらい、しばらく話に花が咲きました。

病院の予約が入っているので適当なところで切り上げて病院へ。かかりつけの病院もアルピーノからは車で10分程度の所ということもあり、着物姿で行ってしまいました。病院スタッフも何度か和服姿は見ているので「あら、今日はおしゃれね。これはどんな着物なの?」と話しかけてくれます。まあ、内科+漢方科だから許されることですよね。診察も問診、血圧測定をしてから、脈をはかり、目の裏側を見て舌診という流れなので和服でも支障がないのです。帰りは薬局で薬を受け取り、本屋で買い物をして帰宅しました。

これからも初心を忘れず夫婦で仲良く過ごしていきたいものです。夫よ、楽しい時間をどうもありがとう。

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2006年9月 1日 (金)

今日は防災の日

今日から多くの学校で新学期ですね(場所によってはは8月下旬から新学期のところもあるみたいですが)。

大正12年のこの日は関東大震災があった、ということできょう9月1日は防災の日に定められています。

ずっと東京の小中学校だったせいか、9月1日=避難訓練というイメージがあります。いつもより大掛かりな避難訓練が行われ、炎天下の中校長先生や消防署関係の人の話を聞いた後に登校班で下校する(これは小学校だけでしたが)という日だったのです。

今日テレビを見ながらそんな話を夫にしたら彼は「ええっ?仙台ではそんなことしなかったよ」と言い出してお互いビックリ。「東京だけなんじゃない?」と言われてしまいました。

夫は小さかった頃のこととかよく忘れているので「今回もそうなのかも」と思っていたのですが、その後出かけたピラティスの先生からも「私もしたことがない。普通の始業式だったよ(その先生は神奈川在住)。そういうことするの、東京だけなんじゃないの?」と言われて二度ビックリ。

他の地域では特にこの日とは決まっていないんですかね。宮城県沖地震を体験したはずの夫に聞いても「いつやったかなぁ!?」という反応。ちなみに彼は当時のことを聞いても「中学からの帰りのバスの中だったからよく覚えてない。家に帰ったら大騒ぎになっていたんだ」とのことで今ひとつ要領を得ない回答でした。

でもよく考えたら今日は二百十日(この頃から台風の上陸が増えると言われている)でもあるのでこの時期に災害に備える、というのはちょうどいいのかもしれませんね。確か小学校一年生の時に大型台風が来たのですが、9月に訓練をしていたのでわりとスムーズに帰宅できた記憶があります。

そう言えば福岡出身の人から「2005年の福岡県西方沖地震があるまでは、九州の人って災害と言うと地震よりも台風というイメージが強かったんじゃないかなぁ。何日も休校になったこととかあったし」という話を聞いたことがありました。所変われば災害のイメージも変わるんですね。自分の経験だけが当たり前と思ってはいけない、と改めて感じました。

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